市民社会をつくるボランタリーフォーラムTOKYO 2020

高次脳機能障がい者の家族の集い
りんく

本人と家族が安心して日常生活を送れるために

高次脳機能障害の当事者と生きる「家族」のための会として、2013年より活動している「高次脳機能障がい者の家族の集いりんく」の代表、藏方(くらかた)律子さんにお話をうかがいました。


理解されにくい「障害」

高次脳機能障害は後天的に、脳卒中(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血)、脳外傷(交通事故・転落事故等)、脳腫瘍、低酸素脳症(心疾患・喘息・溺水等)、感染症(インフルエンザやコロナウイルス等の感染による脳炎や脳症)で脳を損傷したことによる後遺症です。後天的ということは年齢を問わず、誰でもなり得るということです。

症状は注意障害・記憶障害・遂行機能障害、社会的行動障害(怒りやすい、やる気がない等)の他に、半側空間無視、失語症、失行症、地誌的障害など多岐にわたります。

左半側空間無視は自分の左側への認識の問題で、例えば食事の際に左側に置かれた物を食べ残してしまいますが、それを右側にずらすと食べられる、移動の際も左側にぶつかってしまう方もいらっしゃいます。

失語症は声が出ないとか精神的な理由ではなく、脳での言語の処理や発信に影響を受けた状態です。

個人差はありますが、自分が話すことだけではなく、他人が発した言葉を理解するのも難しかったり、言い間違いが多い方もいらっしゃいます。また、言葉を発していても話がかみ合わないことや、数字が苦手になり、時間や年齢、金額などに混乱する方もいらっしゃいます。やり取りに時間がかかるので記憶が無いように思われてしまうこともあります。

失行症は、例えば、歯磨きの動作等、道具の使い方が分からなくなります。歯ブラシに歯磨き粉をつけて歯を磨き、口をゆすいで歯ブラシを片付けてタオルで口の周りを拭くなど、一連の動作ができなくなる方もいらっしゃいます。手元が悩んでしまうという感じでしょうか。

地誌的障害は外出先から帰宅できなくなったり、自宅の中で迷う方もいらっしゃいます。

例を挙げきれませんが、程度の違いこそあれ、これらの症状が重なっているので、生活の中で生じる不自由さも多様です。それから、脳が疲れやすいという方もおられます。

高次脳機能障害が周知されていないこともあって、無理解な対応をされて人間関係にひびが入り、修復できないまま破綻することもあります。こういう経験は、本人や家族の心の傷になってしまうこともあるので避けたいものです。


日常生活もリハビリに

高次脳機能障害と認知症の症状は重なるところが多くあります。認知症は発症時期を特定できず、少しずつ進行していく脳疾患です。

それに対して高次脳機能障害は、原因となる病気を発症した、または事故に遭った脳損傷の時期が特定できる場合が多いです。進行性のものではなく、リハビリによる回復が、僅かずつでも期待できると言われています。そのため、病院でのリハビリに限らず、入浴など生活動作の自立や、家事の役割を担うこと、外出して人とコミュニケーションを図ることなど、毎日の生活自体がリハビリとなります。これは再び地域や社会と関わっていくために欠かせません。

ただ、右肩上がりの回復が見られたとしても、悔しいですが、完全に元の状態に戻るのは難しいことです。

回復の歩みは緩やかだし、どこかで止まることもあります。だから歩みが少しでも長く続いて、なるべく高いところまで行ってほしいと私たちは願っています。


意識は戻っても…

私の夫は1998年の秋、路上で倒れているところを通行人に発見されました。35歳でした。それまで基礎疾患などもなく、元気な人でした。その朝、いつも通りに出勤したのですが、そのあと路上で、くも膜下出血を発症したのです。手術は成功したものの、生死をさまよう状態が 10日以上続きました。

命の温存はできましたが、発症から3か月を過ぎても意識が戻らず、

「遷延(せんえん)性意識障害」と診断されました。発症以来、反応のない、目も合わない夫に、私は毎日話しかけ続けました。

そうして半年が過ぎた頃、いつものように海の柄のタオルを見せながら「これ、かわいいでしょ」と話しかけていたら、私の声に夫がスッと首を振って頷いたのです。その時はもう…。鳥肌が立ちました。

でも、そこからドラマのように目覚めていくわけではなく、その1回があった後、また何週間も無反応な状態が続きました。それでも毎日話しかけていると、また夫から「ん…」という反応があって。それを繰り返しながら本当に少しずつ、薄紙を剝ぐように意識が戻り、レベルが「清明」になった時には発症から2年以上が経っていました。当初から後遺症については、右半身まひ・失語症・眼の障害は必発と医師から言われていました。この当時は高次脳機能障害という言葉は一般的ではありませんでした。

段々と意識レベルが上がってくる一方で、夫自身もわが身の変化を感じて困惑しているようでしたし、私も予想以上の後遺症の重たさを突き付けられました。

脳が疲れているから、昼間でもうとうとしているうちにぐっすり寝入ってしまっていて、目が覚めている時間の方が短いくらいでした。身体はというと寝返りも打てない状況でした。

自分に何が起きたのか、今どういう状況なのか一切分からない、この先どうやって生きていくのか?質問したくても言葉にできない。病気になったとか、失語症になった憶えもない中、ものすごく不安な気持ちを一言も発することなく耐え、とても苦しいだろうと想像できました。家に帰りたいと思っているのも伝わってきていました。ですが、言葉で説明しても正しく理解できない状況で、かえって不安を掻き立ててはいけないと思い、「今は復活することだけに専念してほしい、それ以外のことは心配しないで」と言い聞かせていました。

家庭での暮らしを取り戻すことを目標に、その後も入院先で訓練を続けていた夫が一旦自宅に戻ったのは、発症から2年2か月後でした。この時、数メートルの歩行と頷くことができる状態でした。

その後リハビリ施設に入所して、片手での着替え方や、車いすの操作、お風呂の入り方、服薬管理など、これからの生活に必要なスキルを身につけました。できなくなったことに直面する度に、それを受け入れ、乗り越えていったりしたのだと思います。この施設で7か月半ほど過ごし、それから改めて、自宅での生活を再開させ、現在、日常生活はほぼ自立しています。

入院・入所生活を経て、確かに元気になって、それなりに回復はしていますが、言葉もからだも病前の自分を取り戻せない歯がゆさを、日々感じているそうです。いくつも残った後遺症によって失ったものは計り知れず、傷ついた心を抱えている姿を見ると私も悲しく辛い気持ちになります。


家族のための会

2013年当時、ご縁があって出会った方たちから「家族のための会が欲しい」との声があり、5人で「高次脳機能障がい者の家族の集い りんく」を立ち上げました。

その後メンバーが入れ替わる中、現在も発症原因は様々で、家族関係は配偶者や親子など、都内在住に限らない方が「高次脳機能障がいのある方の家族」という共通点のもと参加しています。また、当事者の生活の場は家庭の方がほとんどですが、施設や病院で地域に戻ることを目標にして過ごしている方もいらっしゃいます。

家族会というと当事者と家族が一緒に参加して季節のイベントを開催したり、悩みを相談するスタイルが多いようです。こういった大切な場を否定するものではありません。ですが「りんく」は当初から「家族のため」としました。

家族には家族の悩みがあり、それを抱えたままでは辛く、誰かに相談したい、聴いてほしいと思っています。そこへ家族会への参加に違和感を訴えている当事者の方を同席させるのは無理があります。双方の気持ちを尊重しながら、家族自身が話の真ん中にいられて、自分の心のうちをそっと出せる場があることが大事かなと考えています。

「りんく」の主な活動は、月に1度の集まりです。あえてテーマは決めず、各々が気になっていることやリハビリ・日常生活で気を付けたいことの共有、当事者への対応などについて投げかけます。他の方はそれに対して自分の経験を出し合います。

発症以来、過度な緊張の中に置かれ、当事者に寄り添うことで感じる喪失感や家族関係の変化への戸惑いなどは、誰にでも言えることではないのですが、「りんく」ではそれができます。自分の悩みや経験を伝え、別の誰かのお話を聴くことで経験を共有できていくのだと思います。そうやってエンパワメントし合う中で、相手の向こう側にいる当事者の方と面識は無くても、回復している様子を感じられると嬉しいものです。

当事者が穏やかな環境を得るために、私たちにも心の居場所が大切で、「りんく」がその一助になればと思います。また、一昨年からは広く市民に向けて、セミナーを開催しています。

高次脳機能障害の症状は、脳のどこをどの程度損傷したかによって一人ひとり異なり、症状は単独ではなく、複数が濃淡をもって入り混じり表出しています。しかし、外見からはそれが「障害」であると気づかれにくく、周囲から理解や配慮を得られないことが多くあります。

さらに、身体麻痺や視野障害などを併発する方も多く、その人の日常生活での不自由さへの理解を一層難しくしています。また、当事者の年齢層が幅広く、利用できるサービスが横断的で複雑なのですが、これらをどう生かすかは、当事者と家族の人生の質に関わるほど大きな問題です。

当事者の地域生活を支える・応援する社会にしていくことも重要です。会員のそういった思いのもと、セミナーを構成する際には当事者・家族・市民・医療や福祉の専門職との間で意見交換する時間を設けています。


誰にでも尊厳はある。その人「丸ごと」をみてほしい

ある日突然、家族が脳を損傷し、救命された。その後、医師から後遺症である高次脳機能障害の説明を受けたとしても、すぐには症状の理解や受容ができず、当事者の変化に困惑したまま、日々の生活を支え続けている家族も大勢いらっしゃいます。脳を損傷していても、身体に障害があっても、一人ひとり好みもプライドも心もあり、これまでの経験や知識や人生の歴史もあります。

私たちは全部くるめた「丸ごと」をその人として捉えるようにしています。周囲の人や社会全体で、当事者一人ひとりの尊厳を大切にしてほしいと思っています。

高次脳機能障害のある方が、自分の場所で自分らしく暮らせて、私たち家族も、毎日の生活や人生が大切にされるといいなと希望します。


Webサイト:メンバーの声から(一部抜粋)

  • いろいろな立場の方がいて、それぞれ境遇も違うが、皆さんがお互いの気持ちに寄り添いながら意見交換する光景にとても安心した。
  • それまで一人で突き進んできた私には、やっと落ち着いていられる居場所を見つけた気がした。
  • 私にとって、経験を話せる貴重な場であり、「私は独りじゃない。頑張ろう」と力をもらえる場です。
  • 毎回前を向こう!と元気をもらっています。「りんく」に出会えてよかったです。

セミナー参加者のアンケートから(一部抜粋)

  • 今日来られて良かった。ぜひまた参加したい。
  • 当事者の方より、手続きができずに困っているとの言葉があり、今の制度だけでは補えない生活の細々としたことにも手が届くサービスの創設が必要と思えた。



◯高次脳機能障がい者の家族の集い りんく

高次脳機能障がいの当事者・家族が、安心して日常生活を送れるよう、家族同士が語り合い、エンパワメントするためのセルフヘルプグループです。

キーワード高次脳機能障がい、脳卒中(脳伷塞・脳出血・くも膜下出血)・脳動静脈奇形・脳腫瘍・低酸素脳症・交通事故・転落事故による高次脳機能障がい者家族、当事者・家族同士の交流の場

運営メンバー 高次脳機能障がい者の家族活

活動内容 交流会、情報交換、講習会参加

参加できる人 高次脳機能障がい者の家族

活動エリア 都内

相談 なし

集まれる場 なし(国立市周辺で活動しています)

連絡先 kurakata.rtk@gmail.com

WEBサイト等https://link-2013.sakura.ne.jp/index.html

インタビュー: 森玲子、安井忍(相談担当)、朝比奈ゆり(編集部)

*『ネットワーク』388号より(2024年2月発行)