「次代へ語り継ぐ戦争」
第二次大戦を知らない世代が多数を占め、戦争の記憶が薄まっていく一方で、テロや内戦も含め世界で今なお戦争は続いています。戦後生き残った人々の不戦への誓いを礎に、現在の平和な民主主義国家・市民社会としての日本が形造られてきました。東京大空襲の体験者や、戦地へ赴いた方などに戦争を語っていただきながら、戦争とは何か、市民社会とは何か、共に考えたいと思います。
日時:2月10日(日)10時~12時30分 終了時間を変更しました
※9時30分~ビデオ上映あり
会場:飯田橋セントラルプラザ会議室 (他にて資料展あり)
定員:30名
語り手:
清岡美知子さん (東京大空襲体験者)
84 歳。大正12(1923)年 関東大震災後、避難先の長野県松本市で生まれる。浅草馬道で育つ。
昭和15(1940)年 府立上野忍ヶ丘女子商業卒。東京府(のちに都)就職。
昭和20(1945)年3 月10 日の東京大空襲により、母を助けるも父と姉を失う。
戦後、昭和21 年都庁復帰、結婚退職。
27 年経済安定本部(のちの経済企画庁)就職。50 年退職。
岡野工治さん (学徒飛行兵、終戦後シベリア抑留者)
80 歳。昭和2(1927)年4 月12 日新潟県糸魚川市に生まれる。
昭和18 年3 月新潟県立能生(のう)水産学校4 年卒業(本来5 年間のところ、学徒動員政策のため)。
同年10 月学徒として陸軍航空隊柏教育隊に入隊。
19 年3 月~中国東北(旧満州)牡丹江第39 飛行隊をはじめとして、佳木斯(ジャムス)第4 飛行隊、
公主嶺(コウシュレイ)教育飛行隊、チチハル42 教育飛行隊。
昭和20 年8 月ハルピン飛行場にて終戦。
同年10 月シベリア・ハバロフスク州に抑留される。
昭和24 年6 月帰国、舞鶴へ上陸する。
同年9 月1 日新潟県で教員養成所へ。公立小学校に6 年間、公立中学校に7 年間勤務する。
昭和39 年東京新聞社へ入社し、教育文化部などの記者として勤務。58 年同社退職。
資料展示:
東京大空襲ほか太平洋戦争に関する資料展示をします。
(当日会場および1F区境ホールにて)
あわせてご覧ください。
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*保育がありますので、お子様連れの方もぜひご参加ください(要事前申込)。